問われる登山者(大峰山脈)
奈良県川上村の大普賢岳東斜面には、厳冬期に姿を現す氷柱群が点在しています。かなり以前から関西のアイスクライミングのメッカとして知られていて、厳冬期になると多くのクライマーが訪れます。ヤマレコなどの情報サイトが広く利用されるにつれ、年々来訪者が増えてくるようになりました。その中でもアイスゲレンデ(アイスガーデン)、ブライダルベールは、比較的軽装備で安全に行くことができるため、初心者向けのツアーが組まれたり、ハイキング感覚で氷瀑を見学に行く人が増えています。また、地獄谷右股の上部には、シェークスピア演舞場と呼ばれる40m前後の氷柱群があり、その上には、グランドイリュージョン、閻魔大王、般若の滝など50~100mと言われる巨大な氷柱が出現します。
私は、8年前(2014年)に初めてシェークスピア演舞場に行き、翌年2015年には2週連続で訪問しています。ブライダルベールまでと違い、シェークスピア演舞場は、岩場とアイスバーン、積雪がある急斜面を急登したり、トラバースする必要があり、少し難易度が上がります。その上の巨大な氷柱群には、それ以上のハードな行程を歩かなければ到達することができません。
大普賢岳の東側斜面に位置し、日当たりが良い場所にあるため、好天が続くとすぐ落氷します。温暖化傾向が強まる近年では、なかなか綺麗に氷瀑することがありませんでした。また、岩場、アイスバーン、草つきのミックス地形でアイゼン、ピッケルワークが問われることになります。そのため、ある程度積雪量がある方が安全に歩くことができます。
今冬は、低温が長く続き、積雪量も例年に比べると多いため、比較的安全に行けると判断し、天気図と睨めっこしながら、ベストのタイミングを見ていました。平日でもこのシーズンは、昔に比べると非常に多くの方が訪れるようになっているので、7時過ぎには現地に到着しました。先着されていた方は、一組だけで通行の邪魔にならない駐車スペースに停めることができました。

大台ケ原ドライブウェイを少し歩くと、すぐにわさび谷への入路があります。わさび谷は昔、葉わさびの栽培が盛んで、栽培地への立ち入りを禁止していたそうです。ただ、アイスクライミングの聖地とまで言われるこの場所は、出版物でも紹介され、マナーを守っていれば入山することは黙認されていたと理解しています。しかし、一番新しい看板は、今年の2月1日付けの真新しい物でした。知らずに来たこともあり、咎められたら引き返す覚悟で入山することにしました。途中出会った川上村のツアー一行は、首から「わさび谷通行許可」と書かれたものをぶら下げていました。地元ツアーには許可を出しているようです。
「立入禁止」の詳細に関しては、「ワサビ谷環境管理組合」のホームページを参照して下さい。今後の動向によっては、一部の地元ツアーを除けば、入山できなくなることも考えられます。ただ、この組合の中心メンバーは、ツアーガイドメンバーであることなど、本当に山主の意向を反映しているのか?かなり疑問もあります。歴史ある山域を私利私欲のため利用するなら許されることではありません。そうでないことを願っています。

自宅に帰ってから色々情報収集したところ、数日前にTVクルー(関西情報ネットten.「ナニバーサリー探偵団」)が芸能人を連れて入山したことがきっかけで、週末には数十台の路駐があり、国道や通行止めのバリケードの中へ侵入する車両も多くあったそうです。林道での勝手な幕営や無秩序な路駐で地主さんや道路関係者の車の通行に支障が出ているようです。そのようなことがあって、今回の「立入禁止」に発展したようです。思い起こせば7年前にもツアー会社のマイクロバスが林道などに入り込み、迷惑駐車したことで同じように問題になったことがありました。
登山で歩く場所は、国有林もありますが、多くは私有地で地権者の方のご厚意で通行させていただいています。今一度、そのことを自覚しないといけないですね。そして、マスコミの安易な報道やSNS、ヤマレコなどの情報サイトの発信者(管理者を含む)の責任も今後問われるべきだと思います。この素晴らしい山域が本当に立入禁止になってしまわないようにしたいものです。


昔は、この分岐(上の写真)を左に上がりましたが、下の写真(2015年時点)に写る木橋が朽ちていて、歩くには少し危険が伴います。この分岐を直進しても同じ場所に到達することができるので、直進することをお勧めします。

林道の終点からは、少しの間沢を歩き、途中から左側斜面を登り以前の道に合流しました。渓流沿いには、小さな氷瀑を見ることができます。特にバーチカルアイスと呼ばれる氷瀑は、小規模ですが姿がとても美しい氷瀑です。


上の写真のように、以前は木組みのゲート(門)がありましたが、撤去されていました。黄色い看板も2015年以降に立てられたようです。おそらくツアーバスなどの問題が取り沙汰された時期に立てられたのだと推測できます。
旧わさび栽培地を少し歩くと左側斜面の上の方にアイスゲレンデ(アイスガーデン)が見えてきます。

アイスゲレンデ(アイスガーデン)も立派な氷瀑で、アイスクライミングの方がよく練習されています。この日は、氷の上に着雪が少しあり、氷瀑状態が少し見難くなっていました。尚、アイスゲレンデ(アイスガーデン)までは、急な斜面を登ることになり、アイゼンなどが必要です。特に下りは滑りやすく慎重に歩くようにして下さい。




尾根筋を右股に沿って少し歩くとお助けロープが張られた岩場が現れます。積雪量によりますが、一枚岩には足がかりが少なく、アイゼンが効きにくいため、ある程度ロープに頼らなければなりません。今のところロープはしっかりしていますが、手がかり足がかりを探りながら慎重に歩くようにして下さい。特に下りは慎重さが必要です。
ロープのある岩場を通過すると右股の沢を渡渉し対岸の尾根を目指します。沢の渡渉箇所は2箇所あります。今回はその両方を歩きましたが、登りはロープの無い急登を無理やり上がってしまい、ピッケル駆使して苦労しました。
沢からの急登を終えると岩場のトラバースが待ち受けています。この場所も積雪量が少ないとかなり厄介な場所になります。昔はここで苦労した記憶があまりないのですが、設置されたロープも増えていて、今回はかなり慎重にトラバースしました。ちなみにここでもピッケルのスパイクは効き辛いのでブレード、ヘッド側をうまく使う必要があると思います。もちろん下りは要注意です。

厭らしい岩場のトラバースを渡りきると地獄谷右股にかかる「天国への門」「友情の門」と呼ばれる氷瀑群が現れます。その先には、ロープが張られていて急登が始まります。ここも積雪量が豊富であれば、体力は必要ですが、ピッケル、前爪をうまく使用して登ることができます。踏み跡がいくつか見られますが、大きな差異はありませんので歩きやすい踏み跡を辿って下さい。
急登を登りきるとシェークスピア演舞場の前衛的存在のアウトサイダーが出迎えてくれました。アウトサイダーの左側を尾根に向かえば、グランドイリュージョンなどへ向かうこともできます。
アウトサイダーの直下をトラバースしていくと眼下にシェークスピア演舞場が見えてきます。その圧倒的なスケールに急登の疲れもいっぺんに吹き飛んでしまします。心躍らせながら、日差しを浴びて輝く演舞場へ下りて行きました。


前述した通り、シェークスピア演舞場は、東側(大台ケ原、台高山脈方面)が開けているため、日の出から昼過ぎまで日差しを受ける地形にあります。そのため気温の上昇や好天が続くと昼間に溶け落ちてしまう欠点があります。標高の低いブライダルベールが日差しを受けない場所にあるのと対照的です。今冬は、低温の日が続いた上、雪空の曇天が続いたため、氷瀑の状態は例年にない良い状態が続いていたようです。後は、青空が出るタイミングだけでしたが、この日はピンポイントともいえる絶好の日でした。


シェークスピアの氷瀑は、その名の通り、左からハムレット、リア王、マクベスと名前が付けられた氷瀑が並んでいます。ハムレットとリア王は、翼を広げたように雄大な姿をしていて、マクベスは重厚な氷塊で薄緑に輝きを放っています。
ハムレットとリア王は、氷瀑の裏側に入ることができます。表からの雄大な風景はもちろんですが、私は滝裏から見る風景と氷の造形が大好きです。特に好天の日は、青空、大台ケ原、台高山脈の山並み、そして薄緑に輝く氷の造形が織りなす最高の絶景を見せてくれます。この日は、狙い通り青空に恵まれ、氷が融け始めるくらいの好条件で、これ以上ないという位の絶景を楽しむことができました。

1時間以上絶景を楽しんだ後、後ろ髪を引かれながらシェークスピア演舞場を後にしました。神経を使いながら慎重にきた道を下り、ブライダルベールへ立ち寄ることにしました。


過去3回は、シェークスピア演舞場にしか行かず、ブライダルベールは未踏でした。予想通り、シェークスピア演舞場とは違い、日差しがほとんど入り込まない場所にあるため、シェークスピアほどの雄大さはないものの、十分過ぎるほど立派な氷瀑風景でした。

しかし、ブライダルベールの素晴らしさは、氷瀑ではなく滝裏にできる氷の芸術品「氷筍」です。人が屈み込んでやっと入ることができる空間だからこそ生み出される造形美だと思います。日差しが無いと薄暗い空間でしかないと思われますが、外が明るいと陽の入り方で氷筍や氷柱が、濃い青や薄い緑色に輝きます。ブライダルベールでも日差しが最高の演出をしてくれました。

7年ぶりに訪れた大普賢岳東斜面の氷柱群でしたが、積雪量、好天など好条件がそろい至福の時間を過ごすことができました。ただ、登山者のマナー、ルール違反は、この山域だけではなく、金剛山を初め多くの山域で大きな問題になっています。登山は、地権者と登山者の相互信頼で成り立つものです。今一度そのことを胸に一人一人がマナー、ルールを守るようにしたいですね。
